書籍「江戸・キューバに学ぶ“真”の持続型社会」(B&Tブックス/日刊工業新聞社)


 最近は本の目利き能力が向上するようになったのか、良書を選ぶ確立が高くなってきました。で、今回の本「江戸・キューバに学ぶ“真”の持続型社会」も良書といえます。タイトルだけ読んでも江戸とキューバになんの関係があるのやらと思ってしまいますが、実はとっても社会の仕組みが似ているというのです。しかもその似ているところは今後心配されている環境や資源の問題を解決してくれるという。夢のようなお話。
 江戸時代は鎖国状態で海外からの物資の輸入はほぼなし。一方のキューバはアメリカによる経済封鎖と旧ソ連の崩壊により海外からの物資供給はストップ。そんなわけでどちらも自国内でなんとかしなくてはならなかったわけです。いっけん、そうした状態では社会は不安定で貧しく、敬遠されそうなのですが、よくよく知ってみると実はこちらのほうがよっぽど幸せなのではないかと感じるのです。
 ラテンの国は何故幸せなのか、という八木さんの本を読了した後ということもあるかもしれませんが、やはり貧乏=不幸にはならないということです。わざわざ遠くから物資を運んで商売をするほうが地球環境にとっては全くもって不自然で、実のところ我々は「ない」ならないなりに何かを発明し生きていけるのですね。
 キューバは旧ソ連が崩壊したことで石油がなくなり、農業に必要な農薬や化学肥料が輸入できなくなりました。そこで耕耘機は牛に戻り、肥料は自然な有機肥料へと変化しました。今では世界一の有機農業先進国として知られ、世界中から研究者が集まるといいます。アメリカによる経済封鎖で外貨も稼げず貧乏な国として情報が流されていますが、でも彼等は決して「不幸」だとは考えていないと思います。このあたりは私自身がキューバに何回か訪れているので理解できます。医療と教育は無料。そして食物も有機農法で安心安全を目指しているのです。その結果、平均寿命も大変高いというわけです。
 江戸時代はせかせかしていなかったので、時間も緩やか。そもそも時計もあんまり普及していなかったし。明るいうちの半分は仕事、半分は遊び、夜は寝る、みたいな感じでしょうか。仕事も一日2刻(4時間半)。しかも一つの職を数人かのグループでワークシェアしていたので現在の仕事量の1/3から1/4程度だったといいます。40歳過ぎたらすっかり隠居。趣味の世界を楽しみ、科学なんかも趣味の領域。だからものすごい発明をしても特許を取得して金儲けをしようという考えがなかったようです。衣服も「循環型」が定着していて、反物がそのままの形で着物として利用され、最終的にはボロぞうきんになるまで無駄なく使われていました。
 どちらの世界も多くの人は「貧乏で不幸せ」なのではないかと懸念している社会なのかもしれません。でも本当にそうなのかと、やや疑問が沸いてきます。暇なら働け!とつい言葉が出たりしますが、本当に暇は悪なのでしょうか。のんびりと暇を楽しみながら仕事はほどほどに、ではいけないのでしょうか。
 情報が溢れている社会だからこそ、何が本当なのか見極める力を持たないと、いつまでたっても時間と金を追いかけてあくせくと働く生き物として利用されそうです。こういう話を知る度に私はミヒャエル・エンデの「モモ」に登場する時間泥棒を思い出すのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です