Final Cut ProからEDIUS Proへの引越し〜HDV編

現在納品先で4月以降からHD化することに伴いその納品形態について模索している。しかしそのベストな形態がなんなのかなかなか結論が出ない。まず方針としては、
・できるだけネィティブを守る
・EDIUSに取り込めるファイル
・DVDかブルーレイにデータを焼いて納品
ということだ。そこで「.m2t」ファイルに書き出すことができれば一番良いのではないかという話になった。で、調べてみたところm2tファイルに書き出せるのはCompressorの中にあるMPEG2しかない。が、これは設定を見たらVBRにしかならない。。。確かHDVはCBR25Mbpsなのだ。
後に詳しい方にお聞きしたところ、エレメンタリーストリームを基本に設定変更してやるとCBR25Mbpsでできることがわかった。やれやれだ。
ちなみに他にも方法があるということだった。
ひとつはSONYのHVR-MRC1Kを使う。このCFカードレコーダーをデッキ代わりに使うことができれば、このレコーダーでRECされたファイルはm2tになるというわけだ。あとはそのファイルをPCにコピーなどしてからお皿に焼けばよい。これはまだ試してないが、これができればなんか一番いい方法なんじゃないかと思ってしまった。
もうひとつはXDCAM形式のMXFファイルならEDIUSが読み込めるということでその形式に書き出してやるというもの。これはソフトを別途ダウンロードしてあげれば可能らしい。だが、ネイティブに近いかと問われるとやや疑問が残る。

実に難しい問題だ。
しかも理解できていない、、、。

そうだ京都へ行こう

京都へ。
目的は鈴虫寺。ここのお寺は相変わらず多くの人で賑わっていた。5,6年前に取材で行って以来だったがすごいものだ。ここはお守りの効力がすごいというので全国的に有名だが、願のかけ方が実に理にかなっている。願いが叶う法則とか自己啓発とか宗教とか色々と接してきてわかってきたノウハウが詰まっている感じがするのだ。
せっかくの京都。
これだけではもったいないので他にも回って来た。写真はそのうちのひとつ、広隆寺。お気に入りのCANON 5Dで撮影した。
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チェ 28歳の革命

チェの生涯が映画になるとはちょっと驚いた。
しかもアメリカ資本が入った映画だ。監督はソダーバーグ。
もともと2部作の予定ではなく、こちらの第1部は制作予定ではなかったそうだ。
それもそのはず、監督のソダーバーグはキューバを去った後のチェを描きたかったのだ。
だからこちらの1部だけではどうしても判断できないだろう。

さて、
こちらの第1部はチェがメキシコでカストロと出会うところから、サンタクララを制圧するまでを描いている。チェがもっとも英雄として輝いた時期だ。
しかし人が最も輝いている時期を描くことは果たして見るものを納得させてくれるだろうか?
個人的には興味深く見れたが、かなりマニアックな映画といっていい。
チェのことを知る人なら恐らくそれ以外のチェを見たいはずだ。
キューバを去った後のチェ、だ。

それにしても何故今というタイミングなのか?

地球が静止する日

キアヌ・リーブス主演「地球が静止する日」を見た。
本作は1951年に公開された「地球の静止する日」のリメイクだ。当時はアメリカとソビエトの冷戦時代で、制作者はそんな時代背景を考慮して未知なる生物との友好をテーマに据えたようだ。
それから60年近く経ち、新たなテーマとして描かれるのは当然、地球環境、エコロジーということになる。
キアヌ扮するクラートゥは宇宙から地球を守るためにやってくる。地球を守るために、人間は抹殺されることとなったのだ。。。
今回の場合「地球が静止する日」とは、すなわち「地球上での人間による生産活動が止まる日」であった。

地球環境、自然は大切だ。
しかしだからといってそれを破壊する人間を抹殺するというのは少し乱暴な気もする。
悪事を働いた者に罰を与える、という思想は結局のところ我に帰るのだから。簡単に種を滅ぼすような行為はかえって自分達を自滅させることにならないのだろうか。などとモヤモヤ考えていたら映画を見終わった段階でスッキリしない気持ちだけが残ってしまった。

SFという形で人間の環境破壊を痛烈に批判した一本。

竹生島へ詣でる旅

竹生島へ日帰り旅にでかけた。
何故竹生島なのかというとわが家兼事務所内に白龍大弁財天が祀られているからなのだ。竹生島は弁財天が降臨した場所といわれているそうで、竹生島へお参りに行ったほうがいいと聞いて今回行くことにしたわけだ。
竹生島はwikipediaによれば、
「古来より信仰の対象となった島で、神の棲む島とも言われる。南部には都久夫須麻神社(竹生島神社)、宝厳寺西国三十三箇所三十番)がある。竹生島神社は、明治の神仏分離令に際して弁才天社から改称した。竹生島は神仏一体の聖地であったことから、分離の際には少なからず混乱があったようである。ちなみに、竹生島弁才天は相模の江島神社、安芸の厳島神社と並んで日本三大弁天のひとつに数えられる。

戦国期には、近江国小谷城主であった浅井久政浅井長政の父)が、長政への家督委譲を目論む家臣団によって一時的にこの島に幽閉され、隠居生活を強要された。」(出典:wikipedia)
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さて、朝8時に家を出発。
竹生島に行くには長浜市にある渡船場から渡船に乗らなければならない。琵琶湖汽船のホームページに詳しく書いてあるがこの時期はまだ竹生島的にシーズンではないので一日に2便しかでていない。朝の便は10時15分だ。
30分かけて島に渡り、現地で70分かけて島を巡り、船で長浜に戻る。
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島はやや切り立った岩山で約180段の階段を上って神社へと向かうのだが、「船で島に向かう」ということがやはり盛り上がる。
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階段を登りきると神社が。
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中におわすのが弁財天。
島全体が国宝といわれるほどに景観も建物も素晴らしい竹生島。年間10万人が訪れるという島だが、限られた人しか入れない(船の便が限られているので島に入る人の数が限られている)こともあって「込み入った」雰囲気は一切無い。

お金と時間

この資本主義の世の中ではおそらくお金と時計がもっとも大切な「価値」なのではないだろうか。
ところがお金の大切さは知っていても時間の大切さはなかなか知られていないような気がする。
どこにでも時計がある。
腕にも時計をする。
時計を気にしない日は無い、くらいに時計に縛られている。

いや、「時間が大切なのだから時間を節約したり効率を考えたりするために時計なのではないか!」と考えるかもしれないがそうではない。
時間の大切さとは「時間を忘れること」に他ならないのだ。
私はそのことをネィティブアメリカンに教わった。

時間を気にしているのは時間をお金に換算するから、ともいえる。
だからその道具としての時計は必要なのだ。

この年になってミヒャエル・エンデの「モモ」が教えてくれたことを痛切に思い出す。あの世界では時間を貯金するためにせっせと働く愚かしさが描かれている。貯金した時間は時間泥棒が奪ってしまう。はじめは「時間を貯金」するとは面白い設定を考えるな、と思っただけだったが、いやいやとんでもない。時間とはお金で、お金はすなわち時間なのだ。これは現実世界とまったく同じ話だったわけだ。まったくエンデ様には恐れ入る。

というわけで翻って考えるに現代資本主義社会において究極の思考は「時計とお金」のことを忘れて生きることなのではないかと。

大漁旗作りに全てを注ぐ職人

2009年を迎えてのキャッチネットワーク制作番組「にーず」では愛知県一色町の染色工芸職人・前田和夫さんをご紹介します。前田さんは染色職人の6代目。現在は愛知県でも数少ない大漁旗を制作する職人です。同じ大漁旗は一枚も無い、全てはオリジナルの自分の作品だという前田さんの大漁旗に対する思いを描きます。
そのほか、2月に開催される「はずの民話の里めぐりウォーキング参加募集」などご紹介します。